阿波国はかつて日本の地方行政区分だった国の一つで
南海道に位置する。現在の徳島県にあたる。
古代、現在の徳島県の北の地域は粟の生産地だったために粟国、南の地域は長国と呼ばれていたが、大化の改新の後に粟国に統一された。
和銅6年、元明天皇の命により地名を二字で表記するため粟は阿波に変更された。
中世、鎌倉時代においては鎌倉幕府により佐々木氏、小笠原氏が守護に任ぜられた。
室町時代には三管領家の一つである細川氏の支配するところとなるが、戦国時代の到来により小笠原氏の庶流である三好氏がこれに代わることになった。
三好氏は京都にも進出し、一時は中央の政治にも関与、征夷大将軍さえも傀儡とするなど、権勢を誇ることとなる。
その後、織田信長が三好義継を滅ぼすと、三好一族である三好長治が阿波を統治することとなる。
しかし、長治は阿波全土の国人や領民に対して法華宗を強要し、支持を失ってしまう。
これを良い機会と見た土佐国の長宗我部氏の侵攻にあい、1584年、阿波は長宗我部元親の支配下となる。
